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 主人公は僕だった(原題:Stranger Than Fiction)。

 監督はハル・ベリーがアカデミー主演女優賞を獲得した「チョコレート」、ジョニー・デップ主演のアカデミー作品賞候補作「ネバーランド」を手掛けたマーク・フォースター。

 主演は「プロデューサーズ」のウィル・フェレル。共にアカデミー主演賞のダスティン・ホフマン、エマ・トンプソンが共演。ヒロインは「セクレタリー」 でゴールデングローブ賞主演女優賞ノミネートのマギー・ギレンホール。脚本はザック・ヘルム。本作はハリウッドで争奪戦が起こった。

 2007年5月19日(土)より日比谷みゆき座ほか全国東宝洋画系にてロードショー。

 何気ない日常を送っている主人公にある日、何処からともなく、これから起こることをいい当てる声が聞こえてくる。それは現在進行形で書かれている小説の内容そのものだった。その作家は作中人物を殺してしまうので知られている。主人公の運命はどうなるのか。




変わり者、堅物、誰にも心を開こうとしないハロルド。
 ハロルド・クリック(ウィル・フェレル)は国税庁の会計検査官だ。友人は同僚のデイブ一人、婚約者に捨てられて恋人もいない。趣味もない。整数が好きで、計算には強い。

 異様に「数」にこだわり、朝はきっちりと毎日、同じ時刻に起きる。歯磨きの回数は76回、バス停までの歩数は342歩、ランチタイムも45.7分間と決めて実行している。仕事が終われば、そのまま帰宅し、一人で食事をし、ベッドに入る時刻も11時13分と毎晩、同じだ。

 規則正しいというレベルは超えている。自身に課したルールに忠実に従うことで、精神のバランスを保ち、変わり者だと思われても、そんな鎧で自己防衛している。

 物語の中で、一度だけ、境遇を明かす。「クッキーはいつも市販品で、母親の手作りクッキーは食べたことがない」と。愛したことも愛されたこともなかったのかもしれない。規則正しい生活の中に逃げ込み、自身の欠如を直視するのを避けている。

 ある日、回数を確認しながら、恒例の朝の歯磨きをしていると、何処からか、女性の声が聞こえてくる。表面上は規則正しい行動をとっているが、内面には不満や妄想が溢れ、自身とだけ対話している。その声は、そんな思いもいい当て、今まさにとっている行動をナレーションのように語りかけてくる。

 混乱したハロルドは、歯磨きの回数もバス停までの歩数も数えられなくなる、仕事も上の空だ。税務書類のファイルをキャビネットから出していると、あの声がまた聞こえてきた。同僚からは無駄口も叩かず、黙々と仕事に集中しているようにしか見えない。
 心の中でハロルドは全く別のことを思っていた。ファイルが擦れ合う音は「海のさざ波」。あの声は、そんな誰にも明かしたことのない思いもいい当てる。

 ハロルドにしか聞こえないその声は、何の法則性もなく、時々、気まぐれに聞こえる。そんなことが続く中で、ある日、とんでもないフレーズが飛び込んできた。
「このささいな行為が死を招こうとは、彼は知るよしもなかった……」。いつのまにか死に直面しているらしい自分の運命を突きとめるため、ハロルドは行動を起こした。

 Little did he knows。彼は知るよしもなかった。誰も自分自身の運命などを知るよしもない。このフレーズが物語のキーとなっていく。




 ハロルドは精神分析医を訪ねるが、病名は「統合失調症」。違う。そんな病気ではない。聞こえてくるフレーズはどうも小説のようだ。気がついたハロルドは、その小説を書いている作家を突きとめようと考え、大学教授のジュールズ・ヒルバート(ダスティン・ホフマン)を訪ねる。

 ハロルドの話しを聞いた教授も最初は、「私の専門は文学理論で、精神分析ではない」と取り合わなかったが、あのフレーズ「Little did he knows」を聞いた瞬間、これは何かの小説に使われているに違いないと確信する。

 「その作家は誰なのか確かめてみよう」。そう告げると同時に、「小説では悲劇は死で、喜劇は結婚で終わる」「喜劇の定番は、最初は敵対する相手と恋におちることだ」。だからハロルドを嫌っている相手にアプローチするのを薦める。

アナのケーキ屋に税務調査に行った日、疲れてハロルドは店の外で休んでた。窓にはアナの姿があった。
 ハロルドには心当たりがあった。その相手は、以前、税務調査で訪ねた小さなケーキ屋を経営しているアナ・パスカル(マギー・ギレンホール)だった。

 納税額の78パーセントしか納めていないとハロルドが告げると、アナは脱税するのは当然だ答えた。

 「税金が防衛費に使われるのは許せないから、その分を払わなかったの」。その店の客も、ハロルドが国税局から来たと知ると、口汚く罵った。

 再度、税務調査に訪れると、アナはわざわざ作業が面倒なように、領収書などの書類3年分を段ボール箱いっばいに詰め込んでハロルドに渡した。

 ケーキ屋の二階で夜まで作業を続け、疲れ果てたハロルドが帰宅の挨拶をすると、アナは「クッキーでも食べていかない」と思いかげないことをいう。規則で供応は禁じられている。最初は断ったハロルド。 それでも自分のためにクッキーを焼いてくれたのを知って、一枚だけ口にする。
 「とても美味しいです」。そして「クッキーはいつも市販品で、母親の手作りクッキーは食べたことがない」とアナに明かした。

 アナは話し始める。ハーバードの大学院を中退したこと。どうしてケーキ屋を開いたのかを。残りのクッキーを入れた箱をアナがハロルドに渡そうとすると、どうしてももらえないので、「買わせてください」。融通がきかないハロルドにアナは声を荒立てた。




 あの声はまだ聞こえていた。やはりこれは自分を主人公にした小説だ。再び、ハロルドがヒルバート教授を訪ねると、物語がハロルドを無視して進行するか確かめるため「明日は何もするな」と忠告する。

 仕事を休むのを考えたこともないハロルド。部屋に籠もり、ベッドでじっとしている。それでも物語は進行してしまった。やはり自分は小説の主人公なのだ。

「声の主に殺されるかもしれないから、人生を好きに生きろ」。
 いたたまれなくなったハロルドはヒルバート教授に会いに行く。ヒルバート教授も、その小説を書いている作家が誰なのか気になっていた。
 
 ヒルバート教授は、「声の主に殺されるかもしれないから、人生を好きに生きろ」と忠告した。やはりそうなのか。自分は死んでしまうのか。でもやりたいことは何だろう? ハロルドは子供の頃の夢を思い出し、フェンダーのギターを購入する。

 その作家はカレン・アイフル(エマ・トンプソン)だった。自作の中で、必ず主人公を殺す人気作家だった。スランプに陥っていたカレンは、10年ぶりの新作を書き終えようとしていた。主人公のハロルドをどうやって死なせるのか。

 ビルの屋上に立ち、自殺者の心境を探ろうとしたり、交通事故のイメージをかき立てようとしたり、新作の結末に悩んでいた。そして、とうとう最高の結末を思いつき、後は、その結末をタイプして、新作を仕上げるだけとなっていた。

 「人生を好きに生きろ」。ヒルバート教授の忠告で長期休暇をとったハロルドは、もう歯磨きの回数もバス停までの歩数も数えない。一人で映画を観たり、夢だったフェンダーのギターを弾いたり、残された時間を惜しむかのように、人生の一瞬一瞬を楽しんていた。




アナに小麦粉を渡す。こんなに気の利いたプレゼントないはず。
 最後にアナを訪ねよう。そう決心したハロルドは、ケーキ屋が閉まる時間にアナを訪ねる。プレゼントは持ちきれないほどの小麦粉。「君が好きなんだ」。何が起こったのか最初はわからなかったアナ。でも、ケーキ作りのために必要な小麦粉は最高のプレゼント。感謝の言葉を返した。

 「家までもっていってくれる」。ハロルドはアナの家に向かって歩いていた。「部屋に上がっていく」。
 もう二人は敵同士ではなかった。仕事はずっと休んでいること。ギターを弾き始めたこと。ハロルドは初めて自分のことを語り始めた。

 「ギターを弾いてくれる」。「一曲しか弾けないんだ」と断っていたハロルドの歌声がキッチンのアナに届いた。もう以前の格好悪いだけのハロルドはそこにはいなかった。ハロルドの歌声が胸に響いてくる。その夜、二人は結ばれた。

 小説の主人公の「僕」に起こったのは喜劇だった。それを伝えようとヒルバート教授を訪ねたハロルドは、部屋のテレビから流れてくる声に驚く。自分を悩ませてきた声だった。二人はその作家がカレンなのを確信する。

 ハロルドは仕事場に向かって走り出す。違法行為を承知の上で、コンピュータを操作し、カレンの住所を調べ、彼女に自宅に向かう。
 ハロルドの姿を見て、カレンは震えていた。もう結末は決めていた。小説の主人公が実在するなんてことは起こるはずはない。自分の運命をどうしても知りたいハロルド。カレンは草稿をハロルドに渡す。

 帰りのバスの中で、その草稿をハロルドは読んだ。結末は予想した通りだった。翌朝、ベッドで寝ているアナにハロルドは最後のプレゼントをする。
「慈善行為に使ったのだから、脱税した22パーセントは納めなくていいよ」。そう告げたハロルドは、アナを残して仕事場に向かった。時計が狂っているのも知らないままで...。




 テレビがモノクロだった時代に、米国発のドラマとして放映されていたミステリーゾーンの一話を思い出した。
 主人公がごく普通の生活を送っている街はジオラマのような構造で、そのジオラマを何人かの男たちが上から見下している。男たちは、まるで神のように、ジオラマの中の主人公の行動を決めていた。勿論、主人公は、そのことは知るよしもない(Little did he Knows)。

 背筋が凍るような悪寒を覚えたのを思い出した。人の一生は、このストーリーに登場した神のような存在がなくとも、あらかじめ全て決定されているのではないか。ジオラマの中で生きているのではないか。
 そうだとすると、これから起こることも、やがて死を迎える瞬間も、全て決定されているのかもしれない。所詮、運命にはあらがえないのではないか。そんな感覚だった。

 カレンは、その男たちとは異なり、ハロルドの人生を決定する意図はもっていない。ましてや、そんな事態が起こっていることも最初は、知らない。ハロルドだけがそんな状況に陥っているのを知っていた。そして、死を前にして、どんな行動を最後にとるのかの判断は残酷にもハロルドに委ねられていた。

 神のような存在も、作家のような存在がなくとも、自らを振り返ると、誰もがハロルドなのかもしれない。これから起こることは偶然で、すでに起こったことの全ては必然のように思えるからだ。そして、偶然は生を、必然はいつか訪れる死を内包している。

 ハロルドは、小説に書かれた死の瞬間をあらかじめ知った上で、淡々とそれを受け入れた。どうして、そんなことが可能だったのだろうか。それは愛したことも、愛されたこともない哀しさの果てに、愛する人アナを見つけられたからだ。ようやく生きる意味を知った瞬間に、死に向き合わなければならない。それでもハロルドはもう十分だった。

 この物語のもうひとつの隠れた主人公は、ハロルドがこだわりをみせていた時計に象徴される「時間」だ。大切なのは、愛する人を見つけられたハロルドが実感したように、生きている時間の長短ではないのかもしれない。

 物語の最も重要なテーマ。あらかじめ決定されているとしても、いつ死の瞬間を迎えるのかは誰も知らない。もしも、必然としての「死」から、今を生きている「生」に向けて、人生を逆算できれば、どのように生きるべきなのか、自身にとって本当に大切なものは何なのかがわかるかもしれない。

 ハロルドは、自身の人生の謎解きが終わった瞬間から、歯磨きの回数を数えるのもやめ、フェンダーのギターを抱えてロックしている。




 主演のウィル・フェレルはコメディ映画の常連だが、今回はアドリブはまったく入れてないそうだ。
「彼にはできる限り抑えた演技を注文したんだ。それが絶妙なニュアンスを作り出したよ」。

 また、ハロルドに助言する教授役のダスティン・ホフマンは「ネバーランド」に続く出演だが、
「脚本を初めて読んだ時点でダスティンを思い浮かべたよ。彼とは撮影の2週間前に演技中の細かい動作まで決めたんだ」とのこと。

 ハロルドの生死の鍵を握る英国人作家役はエマ・トンプソンが演じているが、
「あの役は米国人作家の予定だったんだけど、エマ自身も脚本を手掛けているし、作家の気持ちが分かると思ってね。それで彼女をキャスティングして、設定を英国人作家に変えた」と、ハロルドと彼を取り巻くキーパーソン2人のキャスティングについて語ってくれた。
 
試写会情報
・日時:5月8日(火)18時開場/18時30分開映
・会場:中野サンプラザホール東京都中野区中野4-1-1
・招待人数:150組300名様
・応募締切:2007年4月26日(木)
毎日コミュニケーションズ提供

監督:マーク・フォスター
脚本:ザック・ヘルム
キャスト:ウィル・フェレル、ダスティン・ホフマン、エマ・トンプソン、マギー・ギレンホールほか
2006年/アメリカ/1時間52分
配給:株式会社ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
公式ホームページ(英語語)
公式ホームページ (日本語)

(C) 株式会社ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント

2007.04.04掲載
恋愛睡眠のすすめ(The Science of Sleep)
輝ける女たち(Le HEROS DE LA FAMILLE)
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