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 「陽のあたる場所から(原題:STORMY WEATHER)」。この映画は二人の女性を中心にストーリーが展開するが、もうひとつの隠れた主役は、言葉だ。

  主人公の女性ロアは言葉を発しない。それでも、彼女の内面には言葉が満ちあふれているはずだ。では、発せられない言葉はどこに向かうのか。スクリーンに流れる時間の中で、「言葉とは何なのだろうか」という疑問を突きつけてくる。

 ロアはフランスの精神病院に収容されている。言葉を発しないロアに、若い女性精精神科医のコーラが視線を送る。やがてロアは、コーラの部屋を訪ねてくるようになり、膝を抱えて、デスクのそばに座っている。コーラは、担当医ではないが、ロアを治癒しようと努力し始める。二人の女性は、そこで出会い、言葉によらない交流を始める。




 いつまでも無言で、そばに寄り添っているロアと、コーラはどのようにして交流できたのか。そこに言葉のもつ機能と意味が隠れされている。ロアは、音声として言葉を発しないだけで、決して言葉を持たないのではない。彼女は自らの内部で、自らに向かい、言葉を反芻している。やがて、ロアの言葉は、無言のうちに、彼女からあふれ出し、その発せられない言葉を聞く能力を持っているコーラは、その言葉を聞いた。

 このように、お互いの欠落を埋めようとする特異な関係は、二人の人間を極端に強く結びつける。肉体的な接触は伴わないが、一種、性的な関係であるともいえる。

  ロアは果たして病といえるのだろうか。ごく日常的な生活の中で、私たちもロアと同様に、音声としては発せられない言葉を自らの中で繰り返し反芻している。ロアは、その度合いが極端に強いだけだ。自ら経験を通して、そのことを知っていたコーラは、無言のロアと対話した。

 自らにだけ向かう言葉。他者にだけ向かう言葉。この二人に再生があるとすると、この関係を解かなければならない。関係を解くことによって、ロアは発せられた言葉の意味を再確認し、コーラは発せられない言葉の意味を再確認する以外にはない。




 ある日、休みあけのコーラが出勤すると、ロアは病院から姿を消していた。ロアの主治医がインターポールに通報し、彼女はアイスランドに強制送還されていた。この段階で、コーラにとってロアは、すでに自らの分身のようになっていた。コーラは、ロアに会うためにアイスランドに向かう。

 極寒の海を行く船上からコーラが見たアイスランドの風景。暗く澱んで、切り立った崖は、何かに向かって叫び続ける人の表情のようにも見える。

 上陸したコーラは、ロアの自宅を探し当てる。そこには夕食の用意をしているロアがいた。ごく普通の日常風景。夫は、コーラを季節はずれの観光客だと思い、昔から変わり者として知られていた彼女のことを語り始める。コーラには視線を送らないロア。




 コーラは、その日の宿を探し始める。アイスランド語が話せないコーラは、英語で会話を試みるが、通じない。ようやく雑貨屋の女主人から、民宿の名前が書かれたメモを受け取る。

  暗い夜道を歩きながら、宿を探していると、強風で、メモが飛ばされる。通じない言葉。失ったメモ。途方に暮れるコーラ。言葉という手段を失ったロアは、更にコーラに近づいたのかもしれない。

 前半はフランス語で映画が進行する。後半は英語とアイスランド語。長い時間を経て、私たちはそれそれ固有の異なる言語体系をもった。それでも、そのように音声として語られる言葉は、ある関係性の中では、機能を果たさず、意味を持たないのかもしれない。

 何日か滞在するうちに、二人はかつての関係を取り戻す。ロアを散策に連れ出したコーラは、ちょっとした悪戯をして、森の木陰に隠れてしまう。コーラを探すロア。やがて、ロアは、コーラの名前を叫ぶ。二人の関係の中で初めて発せられたロアの言葉。二人は森の中で抱き合う。




 映画のポスターには二人が陽だまりの中で座っているシーンが使われている。このシーンの前に、この映画のクライマックスがある。コーラはロアをアイスランドから連れ出し、フランスで治療しようと試みる。それは結果として、失敗に終わる。そして、あのポスターのシーン。

 ここでも二人は無言であったが、出会った頃のようなお互いの病は解けていた。去ろうとするコーラの手を取り、自分の胸にそれをそっとおいたロア。

  コーラが再び、船上から見るアイスランドの風景は、訪れた時と同じように拒否的であったが、二人は、関係を解くことによって、自らだけに向かう言葉と他者だけに向かう言葉を分かち合い、病を解いていた。

2003年・フランス/アイスランド/ベルギー
監督・ソルヴェイグ・アンスパック(Solveig Anspach)
インタビュー
コーラ=エロディ・ブシェーズ(Elodie Bouchez)
1998年『天使が見た夢』でカンヌ映画祭主演女優賞、セザール賞を受賞。
ロア=ディッダ・ヨンスドッティル(Didda Jonsdottir)
(C)http://www.solveig-anspach.com/

2005.04.30掲載
モーターサイクル・ダイアリーズ< >ロスト・イン・トランスレーション
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