最新映画、話題作を観るならワーナー・マイカルで!
top pagemovieスクリーンの向こうへ(バックナンバー)












 本年度アカデミー賞脚本賞/ノミネートを筆頭に、全米、ニューヨーク、ロサンゼルスの映画批評家協会賞脚本賞、サンダンス映画祭監督賞・脚本賞など全米の名だたる映画賞に輝いた「イカとクジラ(原題:The SQUID and the WHALE)」。不思議なタイトル。
 
 監督・脚本は、「ライフ・アクアティック」で、ウェス・アンダーソン監督と共同脚本を手がけたノア・パールバック。ユーモアに溢れ、シニカルな台詞の数々は、ブルックリンで生まれ育ち、両親ともに作家だった少年時代の体験をもとに書き上げたという。

 舞台は、多くの作家やアーティストが暮らすブルックリンのパークスローブ。両親の離婚に直面し、困惑する少年というシリアスなテーマを、映画&文学&ロックへのオマージュ満載で仕上げている。

 1986年のニューヨーク。レーガン時代。タイソン最年少でヘビー級チャンピオン。チャレンジャー事故。ベビーブーマーのクリントンは登場していない。9.11もイラクも遠い先のこと。昭和61年。ロン・ヤスの中曽根首相。昭和天皇在位60年。ダイアナ妃来日フィーバー。男女雇用機会均等法。その後のバブルも平成も知らなかった。そんな時代だった頃......。




 物書きの両親と思春期の悪ガキ二人の家族。離婚の際に、どれが自分の本かと両親は苛立っている。兄弟の関心事は、「猫はどうするの?」。二人は、週替わりで両親の家を行き来し、学校の図書館で悪さをしたり、初体験に失敗したりしている。顔を会わせれば罵倒し合っている両親もちゃっかりと新しい恋人と楽しんでいる。どこにでもある、それでいて、それぞれ全く異なる幸福と不幸を織りなしている家族の物語。

 米国での公開は2005年。ここまで家族の関係に囚われ、エネルギーを使い果たせば、崇高な民主主義の理念を、遠く離れた中東の国に輸出する暇はなかったはずだ。映画の作り手側にはブッシュもイラクも無化したいとの思いがあったのかもしれない。

 外に向かう社会的な関心が強すぎると判断を間違えることがある。どこまでも個人の関係に耽溺する。クリントンのスキャンダルを、ベビーブーマーが決して本音では毛嫌いしなかったように民主党的なテイスト.....。そして、今、そのことの意味を問うているかもしれない。いつも優れた作品は時代を先取りすることがある。

 洋画では、興行成績を配慮し、原題と異なる日本語タイトルをよくつける。「イカとクジラ」は原題訳のままだ。思い切ったのか、それとも、これだという日本語タイトルが思い浮かばなかったのだろうか。この変わった原題の意味は物語の進行とともに説き明かされる。




 かつては作家として脚光を浴びたが、今はスランプに陥っている父バーナード。16歳のウォルトは、それでも父親が自慢で尊敬している。それに気づき、嬉しそうな父親。新人作家としてニューヨーカーへの原稿掲載を待っている母ジョーン。そんな母が大好きな12歳のフランクは、インテリ風を吹かせ、何処かひねくれているが父が気に入らない。

 同業者がひとつの家庭の中にいるのには無理があったようだ。ある日、突然、居間に呼ばれた二人は、母から離婚を宣言され、共同監督により、週替わりで平等に両親の家を行き来することになる。

 家を出ていくのは父の方だ。父が経済的にいき詰まっているのを知っている二人は、どんな家で暮らすのか気になって仕方ない。すぐにショックを受け入れられない二人の口から出た言葉が「猫はどうするの?」だった。

 ピンポン玉のように両親の家を往復する二人の生活が始まる。予想したように、父の新しい家は、内装も荒れ放題で、それをリニューアルする余裕もない。この家で居心地の悪い弟フランクは初めてのビールで酔っぱらい、父が大好きな兄にからむ。学校に行けば、図書館で気になる女の子に目移りし、マスターベーションしている。
 
 兄ウォルトも、何かにつけて、父を小馬鹿にしたような母が気に入らず、問題行動がエスカレートする。

 それでも、久しぶりに集まった家族の前で、学園祭に向けて練習中のギターの弾き語りを披露する。両親のいがみ合いを見ると、修復は不可能だとしても、一時の団欒が嬉しそうだった。やがて、これが大問題を引き起こすのだが.....。

 弾き語りを披露する本番の日。ガールフレンドの視線を気にしながら、やってきた両親の前で舞台に立つ。大成功だった。自慢げなウォルト。弾き語りの曲がウォルトの自作でないのを知っていて、落ち着かないフランク。

 そんなイカサマがばれないわけはなかった。何か問題を抱えているのかと、両親は学校から呼び出される。その時も、ウォルトを理解しているつもりの父は、皮肉っぽくインテリ風を吹かせている。

 セラピーを受けることになったウォルトもふてくされて傲慢だ。セラピストに対して学歴を聞き、「僕の何がわかるのか」と品定めしている。

 ウォルトが歌ったのはピンク・フロイドの「Hey You」だった。

....Hey you, would you help me to carry the stone?
 Open your heart, I'm coming home.
 But it was only fantasy.
 The wall was too high,
 As you can see.....

 ヘイ ユー。僕が石を運ぶのを手伝ってくれるのかい?
 心の中に何があるか話してよ、家に帰る予定だからさ。
 でも、それって幻想だったね。
 君も知っているように、あんまりにも壁が高すぎたからさ。



 
 両親も自分のことで精一杯だ。収入を得るため教師をしている父は、色目を使ってくる教え子リリーが部屋を探していると聞けば、自宅に招き入れたりしている。バスルームで、際どい台詞をはきながら、いちゃついている二人。ウォルトにも聞こえてくる。

 母も恋人と楽しんでいる。相手は家族のテニスコーチ。マッケンローのようにランキング・プレーヤーにもなれないコーチだが、フランクは彼が大好きで、いつか彼のようになりたいと当てつけている。父は、それも気に入らない。
 彼が元妻の恋人だと知った父は、嫉妬もあるのだうか、愕然とし、口汚く、罵っている。

 「イカとクジラ」。ある日、母と二人きりになったウォルト。相変わらず反抗的でけんか腰の口調だ。母は彼が幼かった頃、博物館(アメリカ自然史博物館/American Museum of Natural History)を訪ねた際に、「イカとクジラ」の展示の前に立っていたことを優しく話し始める。

 口を開けば母を罵り続け、大嫌いを演じているウォルト。それでも、母を愛したがっているウォルト。幼かった頃の母との交流を思い出し、突然、思い立ったかのように、ウォルトはニューヨークの街を走り始める。

◆参考
[アメリカ自然史博物館/American Museum of Natural Historyの「The SQUID and the WHALE」の展示


 どこにでもある家族の風景。それでいて、それぞれ異なる幸福と不幸のタペストリーを織っている。物語はいつもエンドロールが終わったところから始まる。さて、僕たちはどうなのだろうかと。




 父バーナードを演じるのは、81年、「愛と追憶の日々」でアカデミー助演男優賞にノミネートされたジェフ・ダニエルズ。「愛と追憶の日々」では、軟弱なのに、女性にはもてもてのだらしない夫役で好演。この映画でも、あの夫役を彷彿とさせる。

 母ジョーンは、ローラ・リニー。92年「ロレンツォのオイル」の学校の先生役で映画デビューし、2000年「愛についてもキンゼイ・レポート」でアカデミー賞、ゴールデングローブ賞にノミネートされ、ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞助演女優賞を受賞している。

 兄ウォルトは、ジェス・アイゼンバーグ。2002年「卒業の朝」などで注目される。弟フランクは、オーウェン・クライン。名前からもわかるように、名優ケヴィン・クラインと歌手フィービー・ケイツを両親にもつ。

 教え子リリーは、「25時」のアンナ・バキン、テニスコーチは、「プリティ・イン・ニューヨーク」のウィリアム・ボールディング。それら手練れの共演者による、ちょっと切なくて、精一杯で、丁々発止の台詞の掛け合いが楽しい。

◆公式ホームページ(日本語版)
12月から新宿武蔵野館にて「お正月」ロードショウ

(C) 2006 Sony Pictures Digital. All Rights Reserved.

2006.11.22掲載
オペラ座の怪人(The Phantom of the Opear)
>敬愛なるベートーヴェン(Copying Beethoven)
movie





Copyright (C) 2012 Archinet Japan. All rights reserved.