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恋愛睡眠のすすめ(原題:The Science of Sleep)。
監督は「エターナル・サンシャイン」のミシェル・ゴンドリー。
主演は「モーター・サイクル、ダイアリー」「バベル」のガエル・ガルシア・ベルナル。前作とは違うキャラクターを楽しそうに演じている。ヒロイン役は「ぼくの妻はシャルロット・ゲンズブール」「21グラム」のシャルロット・ゲンズブール。どこにでもいるようなのに、何処か危なげなところもある女性を演じている。
2007年4月28日より渋谷シネマライズ他全国ロードショー 。
映画そのものがひとつの夢のようなもの。その夢の中に、主人公ステファン(ガエル・ガルシア・ベルナル)のもうひとつの夢が入り込み、片思いのステファニー(シャルロット・ゲンズブール)との間で恋愛騒動が繰り広げられる。
夢では思い通りになるなのに、現実では上手くいかない。だから自分勝手な「科学」で夢を造り上げて夢の中で恋愛しよう。そんな不思議なロマンティック・ムービー。
物語の秘密を解く鍵は、来日記者会見での監督の発言の中にあった。
『そもそものスタート地点は自分が夢に対して感じる部分や自分の見る夢というものが非常に鮮烈なものが多く、起きてからもそれを覚えていることが非常に多いんです』
『夢の中では自信に満ち溢れた男の子なんだけど、現実世界では臆病でシャイな男の子像を作り上げるのと同時に個人的な恋愛体験(映画のなかで描かれているのに近い形で、出会ったり、その彼女に対する想いだったり)を様々に織り交ぜて脚本が出来たのがこの「恋愛睡眠のすすめ」なんです』
メキシコで暮らしていたステファンは、父親の死で、パリに戻ってくる。着いたのは母親が大家のアパルトメント。戻ってくると、就職先も母親が決めていた。
イラストレーターのつもりで、初出社すると、用意されていたのはカレンダー製版の仕事。待っていたのは、女好きでなれなれしい上司、口やかましい年上の女性そしてドタバタと走り回っているだけの中年男。
こんなはずではない。ステファンは、自作のイラストをカレンダーに使うように社長にねじ込むが社長は「カレンダーに必要なのはヌード写真と日付だけ」と取り合わない。
もっとも自作のイラストは、世界中で起こっている大災害や戦争を描いた「災害論」という奇抜なもの。とても理解してもらえるはずもない。
そんな仕事場での不満を解消できないと、夢の中に逃げ込み、上司と闘ってみる。目が覚めれば現実は変わっていないのに。
仕事もうまくいかない。恋愛も失敗ばかり。さえない日常の中で、ステファンが逃げ込むのは夢の中だけ。
気落ちして仕事場から戻ったステファンは二人の若い女性の引越に出くわす。ちょっと気になるステファン。上の空で二人を見ていると、引越し屋の不注意で、突然、階段からピアノが落ちてくる。
怪我をしたステファンは、その女性たちに手当てをしてもらい、二人が隣の部屋に引っ越してきのを知る。クールで知的なステファニーとキュートで快活なゾーイ。せっかくのチャンスなのに、内気なステファンは隣に住んでいるのもいい出せない。
やっと名前を聞き出し、「僕はステファン」「君はステファニー」と話しかけるだけ。この女の子は僕と似ている。そんな思いこみからステファンはステファニーに恋してしまう。
いつものようにどうせうまくいないさ。現実逃避し、逃げ込むのは夢の中のスタジオ「STAPHANE
TV」。
鍋の中に思いつきの材料を投げ込み、化学反応で夢を作り出し、ステファニーとの恋物語を自作自演している。このスタジオの中なら、優しく受け入れてくれるステファニー。夢はすぐに覚めてしまうのに....。
映画も一時の夢。その中で夢を作っているステファン。恋愛も夢のようなもの。沢山の夢と夢を掛け合わせて、現実逃避しているステファン。原題はThe
Science of Sleepとなっているが、監督も主人公のステファンも別に夢そのものを科学しようとは思っていない。
この物語のテーマは、きっと夢からどうやって帰還するのかだ。そして、その帰還を助けてくれるのは、夢の相手、現実のステファニー。それが明らかとなっていくストーリー展開。
恋の始まりは、いつもささいなきっかけ。その後は、スタンダールが「恋愛論」で語っているように、広がっていく妄想の中で、結晶作用が起こる。
世界にはこんなに沢山の男女がいるのに、何故、その中の一人に恋してしまうのだろうか。どんなに「科学」が発達しても、誰もその答えは教えてくれない。それでも少しだけわかることもある。きっと恋とは、自身の欠如を埋めようとする試みだ。
相手の中に、自身と似たようなものを見つければ、それは自己確認へと向かう。違うものを見つけても、恋していれば、それを限りなく許容できる。そんな自己確認と許容の中で、欠如を埋めていくことになる。
恋愛を語るほど、ばかばかしいものはないと、はっと気がつく。恋とは、語るものではなく、突然、ストンと落ちるもの。
ステファンの妄想は、そんな恋愛の本質を拡大したもの。ステファンが身代わりになって、恋愛を追体験させてくれる。
隣に住んでいるといいだせないのに、何かときっかけを作ってステファンはステファニーに近づいていく。それもステファンにとっては夢うつつで、現実の恋愛となると、なかなかその方法が見つからない。
だからステファニーの気持ちを知りたくて、ステファンはまた変なことを思いつく。二人の間を、ひもで繋げたヘルメットをかぶって戯けている。こうやって繋がれば、きっとステファニーの中にも結晶作用が起こるはずだと。
ある日、ステファニーとゾーイは玄関の覗き穴から、隣の部屋にステファンが帰ってきたのを見つける。それでももう一度、階段を上るふりをしているステファン。
ステファニーに気に入られようと懸命なステファンにステファニーも気持ちを開いていく。でも、それは恋とは違うもの。ますます夢と現実の区別がつかなくなったステファンの妄想はさらに広がり、ステファンと相思相愛だと思いこんでいく。
ステファンの行動は予測不可能だ。ステファニーの本心も知らずに、とうとうプロポーズしてしまう。ステファニーの答えは、「恋人は要らないの」。
きっとステファニーはかつての恋愛で傷ついているのかもしれない。そうだとすると、この答えは、とても真摯なものなのに、駄目なステファンにはわからない。
夢の中ではそんはずではなかった。少しだけ我に返ったステファンは、「70歳になったら、結婚してくれる?」 ともう一度、プロポーズする。今は恋愛を休憩したいといっている女性に、こんなことをいうのは問題外。当たり前のようにステファニーの気持ちは変わらない。
仕事の方では思いがけない展開となる。ステファンの災害論のデザインを採用したポスターが大ヒットする。会社が開いてくれたパーティーに、自慢げに、ステファニーも連れてくる。二人のお披露目のパーティーのはずだったのに、別の男性と踊り始めるステファニー。彼女にとってはよくあるただのパーティ。誘われたから一緒に踊っているだけだ。
そんなはずはない。嫉妬と悲しみから酒をあおり、ステファンの意識は遠くなっていく。まだ恋愛も成立していないのに、朦朧とする意識の中で、ステファンは「彼女に捨てられる」と思いこむ。
酔いつぶれたステファンを介抱してくれたのはステファニーだった。夢の中にいる彼の耳にはステファニーの言葉は届かない。
翌日、ステファニーが介抱してくれたのを知らないまま、「友達なんかご免だ」とステファンは暴言を吐いて取り乱す。ステファニーは酷い仕打ちに泣き出してしまう。
ステファニーの「恋人は要らないの」という言葉を思い出したステファンは友達からやり直そうと、ようやく現実的な判断をする。そのことを伝えようと、バーでの待ち合わせの約束をする。
ステファニーが来てくれた。これは夢なのだろうか。ようやくステファニーと現実的な関係を築こうとした矢先、夢と現実の間で混乱してしまったステファンは、彼女との約束をすっぽかしてしまう。
もうバリにはいたくない。別れを告げるため彼女の部屋を訪れるが、約束を破られたステファニーは「現実をねじ曲げるのは、悪い癖よ」と諭し始める。
ステファンは自分勝手な夢の世界から抜け出し、ステファニーの住んでいる現実の世界に戻ってこられるのだろうか。そして二人の恋は現実の中に、その居場所を見つけられるのだろうか。
随分とデフォルメされているが、ささやかな好意を恋愛の始まりだと錯覚してしまうステファンの思いこみは男性特有のものかもしれない。一方で、ステファニーは自身の恋の行方については現実的な女性として描かれているが、それでもごく自然な振る舞いとして思わせぶりだったりする。そんなギャップを抱えたまま恋は始まってしまう。
最初にステファンがステファニーの中に見つけた似たもの同士かもしれないという感覚。ステファニーにも、そんな要素は隠れていた。
恋には現実的な彼女にもポニーの人形と船のオブジェを大切にしている少女のような一面があった。それを知っているステファンは、彼女を喜ばそうと、ポニーが一人で歩けるように細工する。これも夢の中での出来事なのかもしれないのだが....。
二人は最後に、そのポニーに乗って走り出し、船着き場にある船に乗り込んでいく。ステファニーが大切にしているオブジェに身を任せてしまうステファン。初めて二人は共通の何かを見つけたのかもしれない。
現実の世界に生きているとしても、所詮、恋愛とは夢によって成立するのかもしれない。困るのは、夢と現実を行き来するタイミングが男と女では違うこと。
きっとステファンとステファニーが一緒に夢を見て、一緒に現実に返ってこられれば二人の恋愛が成就する。
この映画でも、スクリーン上での物語が終わった時から、スクリーンの向こうに続く世界の中で、二人の物語はもう一度、始まっていく。
◆監督・脚本:ミシェル・ゴンドリー
◆キャスト:ガエル・ガルシア・ベルナル、シャルロット・ゲンズブール、アラン・シャバ、ミュウ=ミュウ、ピエール・ヴァネック、エマ・ド・コーヌ、オレリア・プティほか
◆2006年/フランス/カラー/106分
◆配給:アスミック・エース
◆公式ホームページ(フランス語)
◆公式ホームページ
(日本語)
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