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 once ダブリンの街角で(原題:Once) 。

 偶然、出逢った男と女。二人だけの時間を共有する中で、親しくなっていく。恋愛、友情、どちらともいえない不思議な関係。やがて別れが訪れるが、二人にもう一度、新しい出逢いはやってくるのだろうか。

 音楽がいい。監督・脚本のジョン・カーニーは、アイルランドのロックグループ「ザ・フレイムス」に91年から93年までベーシストとして参加していた。その後、プロモーション・ビデオ制作などを経て、本作を手がけた。主演のグレン・ハンサードは、「ザ・フレイムス」の創設メンバーであり、現在もボーカルとギターを担当している。共演のマルケタ・イルグロヴァはチェコ出身のシンガーソングライター。

 2007年サンダンス映画祭 ワールドシネマ部門 観客賞、ダブリン国際映画祭 観客賞受賞。2007年11月3日(土・日)から渋谷シネ・アミューズほかでロードショー。




 男女の親しさとは何なのだろうか。どのようにして男女は惹かれ合うのだろうか。その秘密が語られている。濃密な時間と目指すべき何ものかの共有。二人にとっては共に奏でる音楽だった。

 ストリート・ミュージシャンで賑わうダブリンのグラフトン・ストリート。今日も、あの男が穴の空いたオンボロギターで歌っている。投げ銭を期待し、誰もが知っている歌を選んでいる。

 男は夜になると、自作の失恋の歌を歌っていた。「君にフラれて、ボロボロさ(ALL THE WAY DOWN)」。

 足を止める人は少ない。そこにBIGISSUEを小脇に抱えた女が現れる。歌が終わると、女が出したのは10セント硬貨。それはないだろう。男は皮肉っぽく話しかける。初めて会ったのに、女はまるで彼以外に話し相手がいないかのように、「お金のため?誰のための歌?恋人はいないの?」としつこく聞いてくる。話ししている内に、男は女の掃除機の修理を翌日すると約束してしまう。そんな出逢いだった。

 翌日、女は壊れた掃除機を引きずりながら現れた。今日、掃除機の修理をすると約束したと女はなじり始める。仕方なく、男は折れる。女は微笑みながら、男を街の楽器店に誘う。
 女はチェコからやってきた。ピアノを買う余裕もない。昼休みだけ、楽器店でピアノを弾かせてもらっている。彼女は静かに鍵盤に手を置いた。二人はジュエットを始める。「沈みそうな船で家を目指そう、まだ時間はあるから(FALLING SLOWLY)」。美しいハーモニー。楽器店の店主も、二人の歌声に聞き惚れている。

 掃除機を修理するため二人は男の家に向かった。男は年老いた父親と住んでいる。その父親も女を自然に迎え入れる。別れの挨拶の前に、男は「泊まっていかないか」と唐突に誘った。女は怒ったような表情のまま家路についた。
 
  もうひとつの主人公はダブリンの街だ。古くはイングランドの支配下にあったアイルランドは、経済の停滞やそれに伴う人工流失などで、ヨーロッパの辺境の地位に甘んじていた。EUへの加盟、統合の後は、急激な経済成長を遂げ、移民の流入なども相次いでいる。映画のシーンにもイスラム系の人々、東欧系の人々の姿もあった。

 それでもダブリンの街角には、古いアイルランドの面影が残っている。かつて自国語を奪われたアイルランドの人たちは、集い、歌うことで自らの誇りを確かめた。夕方には仕事を終えた老若男女が集い、歌うシーンがあった。彼らの中では、歌うことは自然なことであり、二人はそんなダブリンに抱かれて共に時間を過ごしていく。




 男は翌日、街で花束を抱え、売り歩く女を見つけ、声をかける。戸惑うような表情の女。男は昨夜のことを謝り、自作曲が入ったCDとプレイヤーを渡す。彼女と一緒にいたい。そんな思いが募っていく。

 家まで送ると、今度は女が家にあがらないかと誘った。何かが始まるのだろうか。男はいつもそんな期待をしてしまう。

 部屋に入ると、幼い女の子と女性がいた。女は娘と母親だと告げた。やがて三人の男が部屋に入ってくる。自室にテレビがないので、やってきたという。

 厳しい移民の生活を目にし、男は自分の期待がいかに浅はかだったか思い知らされる。それでも暖かな食事を用意してくれた。まるで家族のように、楽しい時間が過ぎていった。

 帰り際に、昼間、渡したCDの自作曲に、詩をつけてみないかと男は提案し、帰っていった。ベッドに入っても寝付かれない女はCDを聴こうとするが、電池がない。女は娘の貯金箱から、眠っている娘に謝りながら、小銭をだし、電池を買いに行く。

 帰りの道すがら、女はCDの曲に即興で自作の詩をつけ、歌いながら、夜の街を歩いていた。「もうずいぶんあなたと会っていない。顔も思い出せない(IF YOU WANT ME)」。

 彼女にも誰か思う人がいるのだろうか。歌声と共に、胸騒ぎのような切なさが心にしみてくる。




 その日、女は家政婦の仕事のため家を出た。バイクが近づいてくる。あの男だった。父親のバイクを無断で持ち出した男はドライブに誘う。仕事に間に合えばと女は後ろに乗り、二人はダブリン郊外に向かった。

 一人でバイクに乗せて欲しいと、女もいつになくはしゃいでいる。男はトライアンフのヴィンテージ・バイクだから壊されたら父親が怒ると断るが、それでも嬉しそうに笑っている。

 二人は海岸線まで歩き始めた。女は突然、故郷に夫はいるが、遠く離れているので、全く会っていないと告白する。男は覚えたてのチェコ語で「彼を愛しているの?」と聞く。彼女もチェコ語で答えるが、その返事の意味は男にはわかない。女もそれを明かさず、微笑んでいるだけたった。

 その日も男は街角に立っていた。花売りをしながら、女もやってきた。男はロンドンに出て、音楽で生きていく決心を告げた。「君が本気で決めたのなら、考え直す必要はない(WHEN YOUR MINDS MADE UP)」。




 男は最後の週末、スタジオを借り、自作曲を録音するので、ピアノを弾いて欲しいと頼む。街角のミュージシャンに声をかけ、ドラマー、ベーシスト、ギタリストを確保する。スタジオで料金交渉するが、とても高くて使えそうもない。その時、女はたくましさを発揮して、値切ってしまう。

 それでもお金が足りない。二人は銀行に向かい、無謀にも融資を頼む。妻子世は訝しそうな話しを聞いていた担当者がギターを弾き、歌い始めた。そんな人々の善意に支えられ、スタジオ録音は可能となった。男は女を仲間が集い、歌っている酒場に誘った。今晩くらいは少し遅くなってもいい....。

 レコーディング当日を迎えた。どうせアマチュアバンドの遊びだ。そう思っていたエンジニアも、かれらの演奏を聴く内に、目の色を変え始めた。
 休憩時間、女が別室に向かうと、そこには立派なピアノがあった。いとおしむように弾き始める。「私が賢い女なら、あんな過ちはしなかったのに(THE HILL)」。女は突然、泣き崩れ、男の肩に頬を埋めた。男はそっと肩を抱くことしかできない。

 一緒にロンドンへ行こう、一緒に音楽をやろうと男は誘う。二人の間に沈黙が訪れる。別れてきた夫、幼い娘と母親の存在。異なる現実、ようやく出逢った優しさも、行き場を失い始めていた。




 徹夜明け、ようやく録音も終わった。エンジニアは彼らに演奏を収録したマスターCDを渡し、成功を祈り去っていった。車のスピーカーで聴いてみようと、彼らは海に向かう。海岸で子供のようにはしゃいでいた。

 男は翌朝、ロンドンへ発つ。 二人には別れの瞬間が近づいていた。街に戻り、男はもう一枚のマスターCDを女に渡す。後で会うことを約束し、二人は別れた。振り返り、視線を合わせ、微笑む二人。男は女の後ろ姿を見つめていた。

 ロンドンに発つ日、男はもう一度、女の家を訪ねた。しかし、彼女は仕事で不在だった。この映画は、別れた夫がやってきたことも暗示しながら、女の家にピアノが届き、それを彼女が弾いているシーンで幕を閉じる。彼女はピアノを弾きながら、窓の外を眺めている。それを映しながら、カメラは遠ざかっていく。

 エンドロールには名前がなく、男、女とだけ記されていた。ここでまた最初のテーマに戻る。男と女に間に訪れる親しさは何なのか。性を介在させれば、現実は一時、溶解することもある。二人はそうはしなかった。恋愛のような友情、友情のような恋愛。それぞれ抱えている重たい現実を見つめ直していた。

 それでも二人が結ばれる運命にあれば、やがてそうなるだろう。それは二人にも、誰にもわからないことだ。Once.....。誰にももう一度があるかもしれないし、それは遠い約束だけで終わるかもしれない。ここでも物語は終わった処から、スクリーンの向こうへ、Once.....もう一度、歩き始める。


監督・脚本:ジョン・カーニー
◆撮影:ティム・フレミング
出演:グレン・ハンサード("男")、マルケタ・イルグロヴァ("女")ほか
参考
・主演のグレン・ハンサードもダブリンのストリート・ミュージシャンになるために13歳で学校を辞め、その後、音楽シーンで注目を浴び、「ザ・フレイムス」を結成した。2006年4月には、本作出演のチェコのシンガーソングライターのマルケタ・イルグロヴァと共作し、初めてのソロアルバム「The Swell Season」をリリースしている。
・マルケタ・イルグロヴァは、グレン・ハンサードがプラハを訪れたときに出会い、一緒に演奏し始め、音楽的コラボレーション、そして本作での共演へと発展していった。

2006年/アイルランド/上映時間87分
公式ホームページ
http://www.oncethemovie.jp/

(C) 2007 Samson Films Ltd. and Summit Entertainment

2007.11.28掲載
再会の街で(Reign Over Me)
バレエ・リュス 踊る歓び、生きる慶び(Ballets Russes)
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