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 マイ・ブルーベリー・ナイツ(原題:My Blueberry Nights)。

 どんな別れも、いつも小さな「死」のような顔をしてやってくる。主人公は旅の中で沢山の別れに遭遇し、その果てにたった一つの出逢いにたどり着く。そんな小さな死と再生のロードムービー。

 失恋したエリザベス(ノラ・ジョーンズ)は男が新しい女と会っていたカフェにやってくる。コニー・アイランド。ブルックリンにある遊園地とビーチで知られた街のカフェ。

 店を仕切っている男はジェレミー(ジュード・ロウ)と名乗った。失恋の理由を知りたいと、二人の様子を聞き出そうとする。カウンターの向こうに座っていると客の秘密は話せない。
 いつしか彼女は店に通ってくるようになる。境遇を語りあううちに、うち解けていく二人だった。

 2007年第60回カンヌ国際映画祭のオープニング作品。ウォン・カーウァイ監督の初英語作品。グラミー賞8冠の栄光に輝くノラ・ジョーンズがヒロインのエリザベスを演じる。

 ジュード・ロウはいつもの美しい面影を封印し、無精ひげも目立つ流れ者のカフェ・オーナーを演じている。

 エリザベスが旅先で出会うアーニーは「グッドナイト&グッドラック」でアカデミーにノミネートされたデイヴィッド・ストラザーン、その元妻役スー・リンは「ナイロビの蜂」でアカデミー賞受賞のレイチェル・ワイズ、そして、強気なギャンブラーのレスリーは「クローサー」でアカデミー賞にノミネートされたナタリー・ポートマン。




 男と暮らしていた部屋の前に佇んでいるエリザベス。部屋の灯りの中で二人が仲むつまじく抱き合っている。この部屋には戻れない。鍵を渡すと、ジェレミーはガラス瓶にしまった。瓶の中には沢山の鍵が入っている。

 ジェレミーは、ひとつひとつの鍵には置いていかれた理由があるという。「どうしてとっておくの」。「鍵がないと二度と、ドアが開かないからさ」。

 ある晩、エリザベスが店に行くと、ジェレミーが防犯カメラを直していた。二人の映像が残っているかもしれない。ジェレミーは彼女には録画した映像を見せなかった。

 この店では、いつもブルベリーパイが売れ残る。最初は一切れだけの注文。いつしかエリザベスは一人でブルベリーパイを平らげ、カウンターに顔を埋めて眠ってしまう。唇に甘いシロップをつけたまま、子供のように....。

 ジェレミーが顔をのぞき込むと、彼女は微笑んでいた。ようやく傷も癒えたのかもしれないとジェレミーが安心した矢先、彼女は突然、姿を消してしまう。何処に行ったのだろうか。ジェレミーはブルベリーパイを残しておくことにした。




 ある日、一枚の葉書が届く。エリザベスはニューヨークを遠く離れたメンフィスにいた。夜は人の良い黒人オーナーのバーのカウンターの中、昼はカフェでウェイトレス。何でそんなに働くのかと客から聞かれると、「お金を貯めて車を買うの」と答える。彼女はもっと先まで行きたかった。

 居場所をはっきりと知らせないまま、エリザベスはは手紙を書き続ける。「どうせ不眠症で寝られないから、夜昼と働いても大丈夫」だと。ジェレミーは必死で、心当たりの店に電話をかけ、彼女を捜し始める。

 今を描いた作品なのに、懐かしくもアナログでレトロ。彼女はモバイル機器ももっていないし、インターネットでメールもしない。ジェレミーに手紙を書きながら、自分自身と向き合っていた。彼女の居場所を知ったジェレミーも返信するようになっていく。




 誰とも話さず、無言でひたすらグラスをあけている男がいる。アーニーだった。オーナーは目配せで、エリザベスに関わるなと知らせる。レシートを渡すのが店から追い返す方法だと教えられた。

 ある晩、エリザベスがアーニーにレシートを渡すと、彼が初めて口を開いた。ポケットから出したのはプラスチックのコイン。「ある団体に行き、約束を果たすと、これをもらえる」という。アルコール依存症。それは断酒団体のことだろう。酒をやめようと、何度もやってみたに違いない。でも、どうしても駄目だった。

 男たちが、酒に酔い、足取りもおぼつかない女を連れて店に入ってきた。店にいる誰もが会話をやめる。気まずい沈黙が流れた。これはまずとオーナーはエリザベスに合図を送る。

 彼女はスー・リン。アーニーの妻だった女。客ともじゃれあっている彼女を静かにグラスを傾けながら見ていたアーニーが突然、男たちに殴りかかる。オーナーたちが間に入り、喧嘩はおさまるが、アーニーの怒りはスー・リンに向かう。「もう全て終わったことなのよ」と彼女は憎しみをアーニーにぶつける。

 ここにも実らない愛に翻弄され、ただ傷つけあっている男と女がいる。愛されないことの哀しみを知ったエリザベスは、カウンターに座ったアーニーの前で、いつまでも無言で立っていることしかできなかった。

 アーニーは、昼間、エリザベスが勤めているカフェにやってくるようになった。酒が入っていない時の彼は、人が違ったようで、警官として皆から尊敬されていた。
 また、夜がやってくる。アーニーはいつものカウンターに座っている。その晩、彼はエリザベスにプラスチックのコインを全て渡し、帰っていった。アーニーに悲劇が訪れる。

 ずっと前に、アーニーへの愛を失っていたスー・リン。この街に流れ着き、アーニーと出逢い、結婚したこと。彼の束縛から自由になりたくて、憎しみさえもったこと。それでも彼の不在に直面し、彼女は涙を流していた。エリザベスは彼女の肩を優しく抱きしめる。そして、ひとり生きていく決意した彼女は街を去っていった。




 ジェレミーにカジノで働くエリザベスから手紙が届いた。「カジノにいると夜昼の感覚がなくなるけれど、まだ不眠症気味なのでうってつけ。チップも沢山、稼げるから」。

 若い女性がカードゲームに興じている。親子二代、名うてのギャンブラーとして知られるレスリーだった。一人の男とゲームに決着をつけようとしたが、その日はツキがなかった。大金を一度にすってしまう。

 エリザベスか休憩していると、レスリーが近づいてきた。「いくらもってるの?」「もう一度、勝負するので貸してよ」「勝ったら元金+アルファで...」。
 車を買うためにお金を貯めているからとエリザベスが悩んでいると、「負けたら新車のジャガーでどう〜」。結果は最悪。すっからかんになった二人は、レスリーの父親がいるラスベガスへと向かった。安モーテルで疲れた心と身体を休めている二人。言葉少なに語り合う。探し物をしている似たもの同士。ひとつのヘッドで、安心したように目を閉じていた。

 レスリーとも別れの時がやってきた。彼女は負けていなかった。「人を信用しては駄目だといったでしょ」「ウブなあんたを試したのよ」。結局、元金+アルファで中古車を手に入れたエリザベスはニューヨークに戻る決心をする。

 二人はフリーウェイを走っている。ジャガーがエリザベスの中古車を凄いスピードで追い抜いていく。手を振る二人の前にはクロスロード。出逢いと別れ。一時、交わったふたつの人生は別々の道へと誘われていった。




 ニューヨークに戻ったエリザベス。あのアパートを訪ねると、二人はそこにいなかった。彼女はジェレミーの店へ向かう。

 彼は店の前で一服していた。「入るかい」。「お腹がペコペコに空いている」とエリザベス。ステーキを食べた後は、あのブルーベリーパイ。

 気になっていた鍵の入った鍵。ジェレミーは瓶を棄てていた。沢山の人の別れ、その亡霊のような鍵。ジェレミーは、そんな鍵を手元に置く必要がなくなっていた。目の前にはエリザベスがいる。新しい鍵を作ればいい。

 カウンターではすっかり安心しきったように、エリザベスが眠っている。唇にはシロップ。ジェレミーは静かにキスした。エリザベスは夢の中。微笑みながら応えている。二度目のキス? 防犯カメラだけが知っていること。エリザベスが旅したのは5,603マイル。新しい鍵のために、これだけの距離を旅することが必要だった。




 監督のウォン・カーウァイは、アカデミー賞ノミネートの撮影監督、ダリウス・コンジと共に、雄大に広がるRoute66の風景をカメラに収めるためアメリカを3回横断した。

 音楽がいい。監修はライ・クーダー。ロードムービーの傑作「パリ・テキサス」のようなテイストのインスツルメントも提供している。

 当初、監督は、本作のためにノラは楽曲提供を求めていなかったが気が変わったらしい。撮影で徹夜明けの早朝、自宅のピアノの前に座ったノラは、制作中の楽曲を思い出す。この作品の雰囲気にピッタリ。それが本作に採用された「ザ・ストーリー/The Story」。

 ウォン・カーウァイは本作に採用する楽曲のセレクトにノラの協力を仰いでいる。メンフィスのバーシーンの背景に流れるのは、オーティス・レディングの「Try a little Tenderness(YouTube)」。最後にアーニーが欲しかったのは、ほんの少しの優しさだった。締め付けられるようなオーティス・レディングの歌声が痛い。

 
監督:ウォン・カーウァイ
製作:ウォン・カーウァイ、ジャッキー・パン
脚本:ウォン・カーウァイ、ローレンス・ブロック
製作総指揮:チャン・チェン
撮影:ダリウス・コンジ
プロダクション・デザイン:ウィリアム・チャン
キャスト:ノラ・ジョーンズ、ジュード・ロウ、デイヴィッド・ストラザーン、ナタリー・ポートマン、レイチェル・ワイズほか
2007年/フランス=香港/1時間35分
配給:アスミック・エース
公式ホームページ

(C)Block 2 PICTURES 2006.
2008.03.14掲載
エディット・ピアフ〜愛の讃歌〜(LA VIE EN ROSE)
ジェイン・オースティンの読書会(THE JANE AUSTEN BOOK CLUB)
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