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「ここには、わたしたちが思春期を過ぎる頃、もう汚染された空気にまみれて忘れてしまったような、初々しい内省力の描写がある。(中略)そのことから文学はもともとこんなところから発生したものだと思わせる貯水池のあることを、読み手に喚起させる。」


 太宰治の「黄金海岸」について吉本さんが書いたことです。主人公が子供の頃にお慶という女中さんにひどいいびり方をしていた。ある時、彼がお慶を蹴飛ばしてしまったときに、彼女は「親にさえ顔を踏まれてたことはない。一生おぼえております。」と恨み言を返された記憶をもっている。
 そして、その主人公は、売れない小説家に身をやつしていて、文学のことよりも日々の金銭のことで思い悩み、みじめな気分でいる。そんなときに、ひょんなことから、そのお慶と再会することになり、彼女が親子三人で海岸で話しているのを聞いてしまう。

 その場面を太宰は、こんなふうに書いています。
「そうですとも、そうですとも。」お慶の誇らしげな高い声である。「あのかたは、小さいときからひとり変わって居られた。目下のものにもそれは親切に、目をかけて下すった。」  
 私は立ったままで泣いていた。けわしい興奮が、涙で、まるで気持ちよく溶け去ってしまうのだ。
 負けた。これは、いいことだ。そうなければ、いけないのだ。かれらの勝利は、また私の明日の出発にも、光を与える。  

 主人公は、お慶の言葉によって、パッと自分の全てが違う領域に移っていった感じをもったのだと思います。お慶がある障壁を越えてさせてくれたのを知った。でもそれは自分が障壁を越えたのではない。自分には越えられなかった。だからお慶に負けたと思った。  だからこそ、あるいは、その障壁を越える瞬間、障壁が溶け去っていまう瞬間があることを書きたかったのではないか。私にはそう思われてしかたがありません。

 文学を生み出すためには、こんなふうに自己慰安の先まで行く必要があるのだと思います。そうすると、常にそのパッと移っていく際の障壁というか、違和というか、それを常に自分の中に組み込んでいかなくてはなりません。もしも、そうだとすると、それはとても自己慰安とはほど遠い世界だと思います。それでも人は、何故、この貯水池を見つけて、文学を生み出してしまうのでしょうか。
 それは最初は自己慰安として出発した文学が、文学とは異なる方法にしろ、別の自己慰安と触れ合い、関係性が芽生えるからだと考えました。それが「この人(書き手)だけが自分のことをわかってくれる」「私だけがこの人のことを理解できる」という思いにつながっていくに違いありません。



「ここには、わたしたちが思春期を過ぎる頃、もう汚染された空気にまみれて忘れてしまったような、初々しい内省力の描写がある。またわたしたちが一般に深刻だとおもったり、高度だとおもってりしている心の動きの世界が、単純だが根元的であるような心ばえに破れてしまい、そのことから文学はもともとこんなところから発生したものだと思わせる貯水池のあることを、読み手に喚起させる。 
 もう少しこの作品のよさを言ってみれば、一般にわたしたちがじぶんをかがみに映すときは、善なる系列に映る姿と悪なる系列に映る姿とは、他人からは別々にみえても、内省する自身にとっては等価なものだといってもいいことが見ぬかれている。「黄金風景」で「私」もお慶もとてもよくそれを知っているように描かれ、「私」はじぶんの悪なる系列に映しているのに、お慶はそれを善なる系列に映しているちぐはぐなゆき違いが、この作品の要になっていることがわかる。」

「読書の方法--なにを、どう読むか(光文社)(P224〜225)」

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