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 今年はいつもよりも、年賀状の枚数が多く届きました。年賀のイラスト付きのメールサービスで年賀の挨拶を済ませていたのですが、葉書を買い、机の奥にしまい込んでいた万年筆を出して返信をしました。

 最近は書面も全てワープロで作成、「字」というものを書くことをしなかったため、何枚か失敗して葉書を無駄にしました。

 それでも手書きの良さを思い出しました。思考の速度は、手書きとマッチしていると、どこかで読んだ記憶もあります。不思議に手書きは、思いがまとまり、紙の上にそれが定着していくような感覚があります。

 勿論、情報の電子化はさけて通れない現実。それを否定せず、ここはという時には、手書きの手紙も良いかもしれません。ただし、久し振りに書くと、悪筆が極まるので、受け取った方は迷惑かもしれません。

 手紙......。今回は、先人の手紙を納めた作品を紹介します。




 手紙とは不思議なものです。送り先に対して書くのと同時に、実は、自らにも書いているような面もあります。また、手紙は家族、友人にも見せない、極めて個人的なものです。

 本来は、この作品のようには決して公開はされないものです。そこには言い訳、愚痴、諧謔といった個人の感情が生のまま表現されています。その意味では、名をなした方々には申し訳ないような気もします。

 夏目漱石が友人からの借金を断った手紙。何と「吾輩は無銭である」と書いてあります。友人には決して借金はするなといわれています。しかし、これは矛盾した格言です。何故かといえば、借金をする方はお金がないから借金を頼む。そして、頼むといえば実は友人くらいしかいない。

 そんな相手の困窮はいかんともしがたい。何ができるか。何もできない。漱石は友人のプライドを傷つけることなく、毅然と断っています。そんなことがないのに越したことはないのですが、これは借金を断るにはとてもよい見本?です。漱石が作家、公的な表現者とは別に、個人の生活レベルでどんな配慮をして生きていたのかがよくわかります。これだから晩年、吐血したのかもしれません。それほど、見事な配慮です。

 石川啄木が朝日新聞に就職したころ出した手紙は、哀切を極めています。啄木は生涯、経済的には困窮した生活を送りました。結局、数々の就職も長続きせず、経済的な放浪が続きます。

 そのことは彼の生涯を知り、今だから感じられるのですが、そのつど訪れる彼の喜びの大きさと、すぐに白けた現実に直面する落差が余りにも大きすぎるのです。

 彼の手紙は、漱石のそれとは異なります。言葉を代えれば、公的な表現者としての配慮は余り感じられません。若さ故なのかというと違うでしよう。漱石は生前から大作家、大家として知られていました。啄木が高い評価を受けたのは、死後です。社会的な装いをする必要もなく、あるいはその余裕もなかったのでしょう。その意味では、一種、彼の手紙と作品は地続きのような面があります。

 それが彼にとって幸いしたのか。それは分からないところです。一ついえるとすると、そんな彼の境遇が見事な作品を生み、後世の私たちを彼独特の世界へと誘ってくれます。

 誰かに手紙を書いてみませんか。結果的に出せない手紙となっても、そこには誰にも知られない他者と自身への配慮がこめられるのですから、救いとまではいかなくとも、その一日の潤いとなるはずです。

タイトル 心にひびく日本語の手紙
内容 ・プロローグ 音楽:渡辺博也/夏目漱石:吾輩は無銭である(飯田青涼が漱石に家賃の借金をお願いした手紙の返事)/正岡子規:倫敦の漱石へ(正岡子規がロンドンの夏目漱石へ出した手紙)/岡本かの子:お前のいない家(岡本かの子が息子岡本太郎を残してパリから帰った後太郎に書いた手紙)/芥川龍之介:もうすぐですね(芥川龍之介から婚約者・塚本文子への手紙)/石川啄木:働けど 働けど(函館に住む友人・宮崎大四郎に石川啄木が朝日新聞に就職したころ出した手紙)/森鴎外:愛妻家、鴎外(二度目の妻・志げ子に鴎外が送った手紙)/夏目漱石:名前はなんですか?(小学生から小説「心」に登場する「先生」の本名を教えて欲しいという手紙の返信)
・インターミッション 音楽:渡辺博也/野口シカ:はやく来てくだされ(母シカより息子・野口英世へ出した手紙)/尾崎紅葉:オノマトペの達人(紅葉に次女「弥生」が生まれたときの手紙)/太宰治:芥川賞をください(太宰治が芥川賞選考委員で詩人の佐藤春夫に宛てた手紙)/夏目漱石:世の中そんなに甘くない(夏目漱石が愛弟子・鈴木三重吉に説教する手紙)/織田信長:お茶目な信長(織田信長が木下藤吉郎の妻「おね」に送った手紙)/阿部定:はし袋に残された走り書き(阿部定は〈こう〉という偽名を残して失踪)/与謝野鉄幹、晶子:POST CARD(鉄幹・晶子夫妻の初めてのヨーロッパ旅行先から長男光に送った手紙)/小泉セツ:アサガオが咲きました(小泉セツから夫・小泉八雲へ朝顔の咲いた様子を書いた手紙)/円谷幸吉:かなしきリフレイン(円谷幸吉から親族にあてた手紙(遺書))
・エピローグ 音楽:渡辺博也
朗読 江守徹、平淑恵(朗読)/渡辺博也(音楽)
レーベル:King



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