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 構造用教材を切り張りして建築教育を行っていたこの設計事務所には、一年近く通った。その中でやがて興味深いことが起こった。

 所長から建築教育を受けていたのは、20代半ばの女性だった。最初は、「事務職で入社したので、まさか建築の仕事をするとは思っていませんでした」と話していた。

 所長の立場になれば、高価なパソコンCADシステムも導入した。それでも設計者は見向きもしない。彼女のパソコンCADシステムの操作を見ていると、戦力になりそうだ。やむにやまれぬ事情もあったのだろう。彼女は、所長の熱意もあり、1年間で大きく成長を遂げた。




 半年もすると、彼女はパソコンCADシステムを毛嫌いしていた古株の設計者を凌駕する能力を発揮し始めた。

 パソコンCADシステムによる図面の管理手法の確立、建築的な部品のデータ整備、効率的な図面作成のオペレーション手法と、彼女を抜きにしては設計実務が先に進まない状況となった。折しも元請けのゼネコンや設計事務所からはCADデータでの納品も要請される状況となった。彼女はそれら元請けとの交渉も担当するようになった。




 所長は古株の設計者にもパソコンCADシステムを使わせようと考え始めていた。今度は、彼女がその設計者にパソコンCADシステムを教える立場となった。

 さすがに彼女も建築の専門家に対して構造用教材の切り張りマニュアルを用いてパソコンCADシステムを教えることはしなかった。かつて所長から提供されたオリジナル教材を自ら改良し、パソコンCADシステム専用に建築図面を描くためのオペレーション・マニュアルを作成、それを用いて教育を行った。

 建築的なノウハウを内包したパソコンCADシステムは不思議な能力を持っている。当初は、単独で成立していた非建築的なコマンドも、建築的な側面から組み合わせることで、ある種、建築専用のコマンドに化ける。

 すると、パソコンCADシステムの方が建築的なノウハウをそれを扱う側に指摘してくれような瞬間がある。オペレーションする側とシステム側との対話が始まる。彼女はこうしてその設計事務所専用の建築的なコマンドを整備し、CADシステム運用の責任者へと成長した。

 やがて彼女は、建築の専門学校に通い始め、パソコンCADシステムの機能を用いて、建築デザインの領域にも足を踏み入れていった。そして彼女の作ったオペレーション・マニュアルは、パソコンCADシステムが変更されようと、代々、その事務所の財産として引き継がれている。

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